国指定史跡 青塚古墳

沿革
 青塚古墳は、昭和41年5月に愛知県犬山市の市指定文化財になりました。
 昭和54年、古墳を含む周辺一帯に、ほ場整備事業が計画されましたが、地
元の方々から「古墳の保存を」という強い要望があり、同年それまで不明であった
古墳の範囲の確認と保存を目的とした最小限の発掘調査が行われました。調
査の結果、歴史的にも学術的にも価値が高いことが判明し、ほ場整備事業の
対象区域から除外されることのなり、昭和58年2月に国の史跡に指定されました。
 その後昭和62年から平成11年度にかけて古墳の周辺の土地を公有化して
きました。平成8年度からは、文化庁の史跡等活用特別事業に採択され、平成
11年度まで史跡公園として整備を行いました。また、整備に先駆けて古墳の形
状などの確認を目的とした発掘調査を平成7年度から平成10年度にかけて実
施しました。調査の結果、これまで不明確であった古墳の形状、築造時期など
が判明し、復元整備にも反映することができました。


東海地区最大級の前方後円墳

青塚古墳は、犬山市の南部、標高31mの洪積台地の端に位置する前方後円墳
です。古墳の西には、木曽川によって作られた平野が広がり、この古墳は、別名「
茶臼山古墳」、「王塚」とも呼ばれています。かつては古墳の周りに十数基の古墳
があり、古墳群を成していましたが、現在では古墳の南西の藪の中に小円墳が数
基残っているだけです。
 古墳の規模は、全長123m、後円部径78m、後円部高さ12m、前方部長45m、
前方部幅62m、前方部高さ7mで、愛知県では2番目に大きい古墳です。
 古墳の形状は、最下段に高さ1m前後の段が前方後円状に取り巻き、その上に
前方部が2段、後円部が3段築かれています。各段には基石が置かれ、これに沿って
壷型埴輪が約2m間隔で置かれています。
 この青塚古墳の特徴は、前方部頂上の「方形壇状遺構」と、前方部の上と後円
部を中心に存在する「配石遺構」と呼ばれる施設です。

 方形壇状遺構は、前方部の頂上に築かれ、規模は東西9m、南北7mで、高さ
は推定1mほどの墳丘であったと考えられています。方形壇の周囲には配石と石敷き
があり、さらに周囲には鰭付朝顔形埴輪、円筒埴輪が置かれています。そのほか、
鏃型石製品3点も出土しています。発掘調査の結果、方形壇状遺構は、古墳築造
後に新たに作られた可能性が高いことがわかりました。
 配石遺構は、後円部の北西側に複数あり、前方部の上にも部分的ではありますが、
いくつかの跡が確認されています。規模は、保存状態の良いもので、全長3m、幅1m
です。これらの配石遺構は、古墳に伴う何らかの付属施設や墳墓である可能性が
高いようです。
 古墳の周囲には自然の地形を利用した深さ1m前後の濠があります。これとともに
陸橋も古墳の東側で確認されています。
 青塚古墳の築造の時期は、出土した埴輪の形状などから4世紀中頃を中心とする
ものと考えられます。

壷型埴輪
壷型埴輪は、古墳の各段に約2m間隔で置かれています。大きさは、高さ60〜70cmで、
口縁部は35cm前後です。
壷型埴輪の形態は、胴長の形と、しもぶくれの形との2種類があります。壷の底部は全て焼成前に円形の孔が開けられています。また、壷の表面には赤色顔料(ベンガラ)が塗られています。
円筒埴輪
前方部の頂上に存在する方形壇状遺構の周囲には、円筒埴輪が置かれています。この円筒埴輪には、鰭付朝顔形埴輪と円筒埴輪の2種類があります。埴輪表面には赤色顔料が塗られています。
その他の埴輪
その他、樽形をした特殊な埴輪が出土しています。古墳のくびれ部や後円部の頂上に置かれていたと考えられます。
鏃型石製品
鏃型石製品は、前方部頂上の方形壇状遺構から3点出土しています。軟質の緑色凝灰岩で作られた石製のヤジリで、古墳時代前期に祭り用の道具として使われたと考えられています。
非実用品で、長さは約6cmです。

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